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個別記事の管理2010-03-28 (Sun)
タンコロは、4月から特別支援学校中等部に行くんだけど、この学校は新設校なのは以前も書いたね。
新設校とは言っても、一昨年までは高校があった施設をリニューアルして使用するものなんだけど、そこに障碍を持った子達が集まるんだから、それなりの施設を備えなくちゃならず、工事は昨年の夏前から始まっていたんだ。

だから、県から何度か新設校についてのいろいろな説明はあったけれど、見学が全く出来ない。
学校の様子はとか、そこに通う子達はどんな具合とか、全く分からずじまい。
本来は今頃、すべての工事が終わっていなくちゃいけないのに、未だに校庭の工事中。

未だ風邪が治らない家族を連れて・・・いや、ペイスケは除いて、その学校までのルートの確認と新設校の環境の確認の意味も込めて、今日見学にって来た。

外部からしか見られなかったので、よくは分からないけれど、施設は外観上立派なものだなと思ったけれど、校庭は広いけれどまだ全面工事中。
入学式まで、いや仮登校の日まで10日弱。
こんなんで間に合うのか・・・そういえば県からの通知の中に、工事中の施設が残ります・・・とか書いてあったな。
十分、工事は間に合わないと言った感じで、タンコロに「この学校が4月から通う学校だよ」と何度も説明したけれど、これじゃタンコロじゃなくたって分からないだろうな。

埼玉県は、特別支援学校新設に関しては3年連続みたいなことを県のHPに自慢げに書いてあった。
その割には段取りも悪いし、大体工事の始期が遅すぎるんだよ。
形だけ整えれば・・・という気分が十分読み取れる。
問題はそうしたことも大事なことだけど、その中に来るべき職員なんだけどな。
「まだ、不慣れで・・・」とか「環境が整ってなくて・・」とか言う言い訳が聞こえてきそうだ。

今日は寒くて仕方がなかった上に、風邪も治りきっていなかったので、あんまり見て回る時間がとれなかった。
仮入学と正式な入学式まで、来週の週末も時間があるので、また行って見るつもり。

だけど、学校の対処について、いろいろ苦労させられそうな年になりそうだ。
* Category : タンコロ
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中学生ですね * by なおまま
いよいよですね^^
期待も半分、不安もいっぱいですね。
校舎だけじゃなく、中身もしっかりした学校作りをしてくれるといいですね。
タンコロクンが楽しい中学生生活を送れることを願ってます♪

なおままさん * by モンライダー
そうなんです。
いよいよなんですよ。
期待より不安の方が大きいですかね。
タンコロ自身の心配というより学校の方が心配で。

早く慣れることもだいじなんでしょうけど、学校側が早く体制を整えてくれることも大事なんでしょう。
眼が離せそうにないです。

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個別記事の管理2010-03-27 (Sat)
卒業式の前にひいてしまった風邪は、ボクだけじゃなく、秋桜も、そしてタンコロもまだ引きずってる。
タンコロ自体の症状は大分軽くなったものの、完全治癒とまではいってなくて、軽く咳したり、鼻をかんだりしてる。
普段一緒にいる秋桜の風邪がひどくて、何かをするどころじゃないんだけど。
でも、時は止まってはくれないんだよな。

明日はペイスケの、大学進学を睨んだ入塾手続きもしなくちゃいけないし、卒業式を終えてからの初めての週末の休みなので、いろいろ片付けものもあるし。

ところでタンコロは、小学校では特別支援学級にいたけれど、健常児のクラスとの交流も頻繁に会って、その交流先のクラスの担任の先生が、この1年間のタンコロの学校の様子をDVDにまとめてくれてたんだ。
交流学級での様子や運動会、修学旅行などのイベントの模様のDVDと、特別支援学級での様子のDVD。
当然、特別支援学級の担任の先生の協力もあってのことなんだけど、最終的に編集してくれたのが交流学級先の先生だった。

かなり出来栄えも良かったこともあったんだけど、こうしたDVDのみならず、卒業に関連したアルバムなどを見るのはタンコロは大好きなんだよね。
言ってみれば写真を見るのが好きということなんだろうね。

卒業式を終えた後のタンコロの一日の様子を聞いてみると、ウルトラマンのDVDを少しだけ見て、後は得意のお勉強DVDを見、そして卒業アルバムや卒業記念DVDを見てるそうなんだよ。

ボクが帰宅する頃も卒業記念DVDを見てることがあるね。

タンコロは学校が好きだった。
タンコロは、自分が所属する特学が好きだったし、6年生の時の2人の担任の先生が好きだった。
クラスメイトが好きだった。
交流学級も大好き。
交流学級先のクラスメイトも大好きで、たまには脱線することも・・・
そして交流学級先の担任の先生が好きだった。

こうしたことが重なって、アルバムやDVDを見てるんだろうけど、思えば幼稚園の卒園時も同じような感じだった。
おかげで、卒園アルバムはボロボロ・・・(笑)

多分、卒業と言う事実を受け入れられないんだろう。
こだわりが強い自閉クンだから、時間が解決というわけにもいかないし、ほっとけばいつの間にか見てるという按配だもの。

だからといって、すべて取上げてしまうのもなにか問題があるような気がするよ。

中学入学を果たし、その生活が軌道に乗るまでは仕方がないと思うんだけど、この先また何か新たに興味を持つものが出てきたら、また違った展開になるんだろう、と、ちょっぴり期待して見守ってるよ。
* Category : タンコロ
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個別記事の管理2010-03-25 (Thu)
昨日、発熱してしまった秋桜は少し熱は下がったものの、いつもの秋桜とは行かなかった。
それは予想してたんで、今日は走り回った感じだった。
夕べのうちに準備しといたタンコロのスーツ、そして今日の朝食と夕食。
今になって思うと、やっといてよかった。

今朝は霧雨の振る中、朝食を終え、着替えを済ませてタンコロと一緒に学校へ向かった。
「タンコロ。学校へ行くこ道も、今日でお終いだよ。」と何度も言い聞かせ、学校へ着いた。
担任の先生に任せ、一旦帰宅。
秋桜には遅れてもいいから式典には参加するようにと言い聞かせ、また卒業式のために学校へ向かった。

9時30分過ぎ、卒業生の入場が始まった。
タンコロは特学所属だけれど、特学所属の卒業生は交流学級の中で卒業式を迎えるため、6年1組の出席番号順で入場してきた。
みんな緊張のおもむき。
当たり前だよなあ。父兄も来賓もいっぱいいたもの。

タンコロは3番目の入場。
周りの緊張感を感じてか、タンコロも緊張の面持ち。
途中でカメラを構えていたボクを見つけること、2回。
その度に顔だけボクの方を向いて、入場行進してた(笑)
タンコロの後ろの子がよく知っていて、その度にタンコロの肩をポンポンと叩いていた。

問題の卒業証書授与式はとっても気にしてたけど、タンコロは順番が来るとスクっと椅子から立ち上がり、壇上へ。
名前を呼ばれると大きな声で「ハイッ!」と答えて、卒業証書を受け取っていた。
うまくはいえないけれど、多分練習通りに出来てたんだろう。
リッパなもんだ、と父兄席にいたボクは感心して見てたんだ。

その後も長々と続く卒業式。
約2時間半。

ボクは6年前の入学式を思い返していた。
自閉症の子らしく、全く落ち着きがなく、すぐ式典から脱走しようとしていたタンコロは、6年経った今日の卒業式、おとなしく椅子に座り、催しがあるとみんなと一緒の行動が出来てたよ。
これが成長なんだなあ。
感慨深いものがあったね。

まだ、卒業という意味さえもわからないだろう。
帰り道、ボクはタンコロに「この道で家に帰るのも最後だよ。それが卒業というんだ。」とか、
「今日で学校はおしまい。4月からは中学生だよ」と何度も言ってたなあ。

緊張の一日は、あっという間だったかもしれない。
自閉症児だけれど、精一杯の気を使っていたのは手に取るように分かったね。
今夜は一緒のお風呂に入り、いっぱい話をしてきた。
お風呂から上がって、布団に入るや否や、いきなりイビキをかいて眠ってた。
疲れたんだろう。

卒業おめでとう、タンコロ。
また来月から頑張ろうな。
* Category : タンコロ
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個別記事の管理2010-03-24 (Wed)
これまで「卒業に向けて」ということで、小学校入学から今現在まで辿ってきたつもりだけど、思ったままを書いてるだけなんで、まだまだいろんなことがあったなあ、ということはたくさんあるよ。
トイレで用を足せなかったタンコロを尻目に、トイレに連れて行こうというトイレトレーニングをしていない秋桜に一喝し、それが基でトイレをあっという間に覚えちゃったことや足し算引き算、掛け算、漢字トレーニングのためにそれ専用のDVDを揃えたら、タンコロのツボに入り込んで、今では日課のようになってしまったことなど、いろいろあるね。
我慢も少し覚えたようなところも感じてる。
まあ、まだまだだけれどもね。
けど、確かに成長してる。
聞き訳がないのじゃなく、聞いてることがこちらが思うように理解できてないところにズレを生むんだけれど、それでもたまに会話として成立したりすると、無性にうれしくてね。
そんなことも多くなった。

小学生時代は、健常児も含めたたくさんの子供達との触れ合いを目標にしてきた。
そんな目標はボクと秋桜の共通した想いだったから、養護学校じゃなく通常の地域の学校に入れたわけなんだけど、この思いは当たってた気がしてる。
もっと思うには、もっと時間が必要なんだけれど。
けど、いろんな友達と行動を共にしたり、勉強したりする中で、タンコロなりにこれは楽しいという意味で、身になったことが多かったと思う。

タンコロは確かに知的障害を伴う重度自閉症だけれど、自分で自分の心の門戸を閉ざしているわけじゃないし、興味あることには邁進していくことがあるなど、その言葉・表現はかなりズレてるよなと思うことが多くなった。
そりゃあ、トリッキーな行動も多いけれど、その行動の基を探っていくとなるほどな、と思う反面、自己表現がまだうまくないな、と思う時だってあるよ。

でも、なにがなんだか・・・という状況はかなり少なくなった。
この子を理解するには時間がかかるんだ、でもその時間も短くなりつつあるということを実感させられてる。

小学校ではこれでよかった、と思ってる。
しかし義務教育は後3年。
だから中学からは特別支援学校にやって、就職訓練を・・と思ったんだよ。
その特別支援学校。
まさか来年から新設校になるとは思わなかった。
新設校は、それは通常の学校でも支援学校でも苦労するんだよな。
先生とは名ばかりの素人が、先生と言う肩書きで赴任してくるし。
油断せず、しっかり見守らなければ・・・と思ってる。
だけども、6年前のタンコロではないところに、タンコロ自身に期待してものもある。
楽しみのようで複雑な卒業後のタンコロだよなあ。
* Category : タンコロ
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個別記事の管理2010-03-22 (Mon)
タンコロが小4になった以降のことって、意外にも時間がそんなに経ってないのに、出来事を良く覚えてない。
まあ、ここ1年のことは違うけどね。

タンコロが小4ということは、ペイスケとは3歳違いだから、この頃ペイスケは中1になってた。
つまり兄弟揃って同じ学校に行くことは、タンコロが小3で終わってたんだ。
これ以降、これからも同じ学校に一緒に行くなんてないだろうな、と思うとちょっぴり寂しいね。

タンコロが小3の頃、秋桜が急な腰痛で3ヶ月近くも入院しちゃったことがあったけど、その時もペイスケの協力と、タンコロの人を寄せ付ける魅力みたいなものに多いに助けられたことがあったっけ。
ペイスケが中学生になったと言うことは、ペイスケの野球部でタンコロを構ってくれた子達も中学生になっていったということで、タンコロの学校生活の様子を図る手段が先生との交換ノート位になってしまって、心配することが多かった。
この頃の担任の先生って、主担任と副担任の2人制であったことは変わらなかったけれど、これも経済情勢のなせる業なのか、介助の先生が急激に少なくなってしまった。
しかも、主担任の無責任さと副担任の傲慢さには手を焼いたな。
ウチは副担任側のクラスで、思ったよりは影響が少なかったけれど、他の父兄からの評判がとにかく悪くて、特学から脱退してしまった人もいたし。
とにかく思い込みが激しくて人の話を聞かない、私はこうしてるからなにか文句でも?という先生だった。
ボクは、こと学校関係については1を言われると100は言い返すので、風当たりが少なかったけれど、それにしてもこの頃って教頭も校長も史上最低の奴等で、運動会なんかで教頭はブーイングの嵐だったし、校長には運動会の後1時間以上も説教して、その上で教育委員会にタレこみもしてたな。

それがタンコロが6年生になったとき、担任が二人とも変わったんだ。
お年を召した先生とバイタリティ溢れる若い女性の先生。
この2人にはそれぞれ特徴があるし、目線の位置も違うけれど、なにより子供達にとって先生として何をしたらいいんだろう?と考えて行動してくれる先生だったことが共通してた。

4、5年生のときの先生って、障碍児の作品発表展の「太陽展」に向けての行動しか取らず、それ以外は全くなしと言ってもよかった。
それが6年生の時の担任って、その辺りのメリハリが利いてた。
タンコロが6年生になるや否や、掛け算や漢字の書き取りに興味を示し、今では掛け算九九どころかレベル的には4年生くらいの計算なら出来るところまできていたし、漢字もかなりのレベルまできてる。
これも担任の先生が、タンコロのペースを考えて指導してくれたおかげだと思うし、以前書いた交流学級先の担任の先生のタンコロへの接し方がよかったからだ、と思ってる。
そういう意味では感謝以外の気持ちはないね。

この3年間の浮き沈みは、タンコロをたくましくさせたところもあったように思う。
5年生の時のお泊り学習での10キロもの山歩きも、健常児さえ脱落してしまう子もいたのに、ニコニコ笑ってゴールしたらしいし、修学旅行でも交流先のクラスメイトにはかなりよくしてもらったらしく、旅行が終わってもしばらく「修学旅行!」と嬉々として話してたっけな。

年1回行われる太陽展は、家族で毎年行ってた。
そこにはタンコロの成長の証とタンコロの心模様がてんじされているかのようだったしね。

そんなタンコロも明後日には卒業式を迎える。
かわいくて仕方のないタンコロ。
何度も「明後日は卒業式だよ」と、卒業の意味をかなり噛み砕いて説明してるんだけど、タンコロには一種のお祭りのようなものなのかもしれない。
それでもいい。
きちんとやれるべきことをやれた時のうれしさ、仲間がいることの楽しさなんかを感じてくれているならね。
* Category : タンコロ
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Unknown * by ひーちゃん
ここに、コメントしたつもりが、3月13日のところに投稿してたみたいで…
すみませんでした。http://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_shock1.gif">

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個別記事の管理2010-03-18 (Thu)
このところ三寒四温のような気候が続いてる。
三寒四温どころか、それ以上にめまぐるしく変わる気候。
暑かったり寒くなってみたり。
基本的に天気がいいとはいえないような気がするよ。

タンコロは卒業式を来週に控えて、花粉症の症状が激しく、医者に行って薬を飲んでいるものの一向に良くなってるようには見えないな。
昨日から咳き込むことも多くなり、鼻をかむことも増えてるよなあ・・・と思っていたら、熱があるような気がして、今日秋桜が医者に連れて行ったら、やっぱり風邪を引いてた。
どうも、学校でも流行っているみたい。

風邪を引いてもタンコロの元気は変わらないよ。
今朝もヘルパーさんと一緒に学校に行ったと思って、少し遅れてボクが玄関を出て、マンションの1階に下りたら、マンションの正面玄関のところで、他所を向いてヘルパーさんを困らせていた。
そこにボクが行ったら、「おとうさ~ん、会社。僕、学校!」と言い、ニコッと笑って駆け足で学校に向かって行った。
どうも、ボクが出てくるのを待ってたらしい。

タンコロの熱は37.8度。
しっかり風邪を引いちゃったけれど、こうなれば薬を飲んでしっかり寝るしかないけれど、ペイスケの高校入学説明会で忙しかった今日を理解してたのか、9時前には布団に入って、すぐ眠っちゃった。

来週が卒業式なんで、風邪が今でよかったな、とは考えようだけれど、そう思ってる。
来週だったら大変だったものね。
* Category : タンコロ
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個別記事の管理2010-03-15 (Mon)
転居と同時にタンコロは今の小学校に入学したけれど、その頃小4だったペイスケは転校ということになったんだ。
でも、表面的にペイスケは戸惑う様子を見せずにいたけれど、やっぱり心配してた。
時間をかけて慣れていくしかないと思い、学校生活の他に部活動みたいなものとして、野球部に入部させた。
もともと、ボクの影響があってかペイスケは野球が好きだったし、やりたかったみたいだし。
野球部とは言っても、入部してる子達はみんな、同じ学校。
課外活動みたいなものだったけれど、隔週の土曜日、そして毎週の日曜日には必ず練習があったので、環境に慣れさせるのにはもってこいだった。
この野球部、4年生まではジュニア、5年生以降はシニアと振り分けられ、だんだんと練習も濃いものになっていったけれど、この子供たちの活動補助のため、お茶当番として定期的に親もグラウンドに顔出してた。

ボクは子供たちの様子を見るのが好きだし、それに近所に公園がなかったこともあって、校庭でタンコロを遊ばせられる数少ない機会だと思って、毎週タンコロを連れてグラウンドに顔を出してた。

タンコロは活発な子。
校庭を所狭しと走り回り、自転車でもスイスイ。
お兄ちゃんたちが一日の練習を終えると、監督やコーチ達と子供達がハイタッチをしてたんだけど、いつのまにかタンコロもハイタッチに参加してた。
その朗らかさが、野球部の上級生の人気を呼んで、いつのまにか朝学校に行くと、野球部の上級生がタンコロに特殊学級に集まっていて、ワイワイ騒いでいたことなんてしょっちゅうだったし、それは朝だけにとどまらず、昼休みもそんな感じだったらしい。

その人を笑顔にさせちゃうタンコロの性格が、学校全体に広がっていき、気がついたらボクが知らない子からも、「タンコロ、おはよう」とか、声を良くかけられるようになってた。

この人をひきつけてしまうところは誰に似たんだか、タンコロの最大の長所だったと思う。

3年生以降、タンコロは健常児のクラスとの交流学級にも参加する度合いが増えて行ったけれど、その健常児のクラスメイトに人気があったものだから、タンコロも自ら進んで交流学級に行き、それが楽しみになったようだった。
これは今でも続いているよ。
そんな中では交流学級の担任の先生がメリハリ効いた指導をしてくれて、何が起こっても納得するような指導をしてくれたおかげで、なんと有難かったことか。
3年生の時、5年生、6年生と交流学級の先生が同じ先生であったことは、学校生活のタンコロの成長にとって、大いに役立ったはずだと思うね。
* Category : タンコロ
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個別記事の管理2010-03-13 (Sat)
♪ 硬いきずなに 思いを寄せて
  語りつくせぬ 青春の日々
  時には傷つき 時には喜び
  肩をたたきあった あの日
  あれからどの位 経(タ)ったのだろう
  沈む夕陽を いくつ数えただろう
  故郷(フルサト)の友は 今でも君の
  心の中にいますか?

  乾杯! 
  今君は人生の大きな大きな舞台に立ち
  遥(ハル)か長い道のりを歩き始めた
  君に幸せあれ!            ♪

これは結婚式ソングとしても定番曲になった、長渕剛の乾杯と言う曲の一説。

ボクはこの曲、卒業式シーズンを迎えると思い出すんだ。
この曲はボクが高2位のときによくラジオでかかっていたんで、思い出すのは中学の卒業式。

明日はペイスケの卒業式。
義務教育の9年間を終える日と言う意味での卒業式でもあるね。

小学校を終えて、どんな思いで中学に入ったのか、中学ではどんな思いをしてきたのか。
いい思いも、そうでない思いもあっただろう。
でも、そうした思いを今後の糧にするには、特に中学の3年間には思いを馳せ、そして式典に臨むんだ方がいいと思って、今夜はそんな話をペイスケにしたんだ。

どこまでボクの話を分かったのかは分からないけれど、少しはなにか思うところがあったらしめたものとは思うけれどね。

中途半端に卒業式を迎えてしまったら、この3年間は単なる思い出にしかならないと思うし、数年後には忘れちゃうだろうと思って。

ボクが思ったより成果は出なかったのかもしれない。
公立の中学校の指導が、こんなものかという思いはボクにはあった。
けれど、そんな中でペイスケがどんな具合に頑張り、どんな気持ちになっていったのか。
そこには確かに成長と言うものがあったように思う。

成長しない人間はいないと信じたい。
ペイスケのその成長は、今後の数年間に現れてくるはずだと思うし、その成長に乾杯!したいと思うね。
* Category : ペイスケ
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しあわせ * by ひーちゃん
タンコロくん、卒業おめでとうございます。
家族みんなが、この日を楽しみにしていたんだよ。
家族っていいね。愛がいっぱい溢れているね。
今日と、明日はもしかしたらなにも変わらない1日かもしれない。でも、家族にとっては、大事な日、特別な日。幸せは、さりげない日常の一こまに刻まれているんだね。

今日は、こちらにコメントさせていただきました。
http://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif">
子供の笑顔は、親の活力ですねhttp://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_do.gif">

ひーちゃん * by モンライダー
いらっしゃい。
そしてありがとう。

子供の笑顔は、いいもんです。
それを絶やさぬよう、出来るだけ何でもしてやりたいけれど、自立させなけりゃいけないし。

その先に本当の笑顔があるんだろう、と思ってますよ。

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個別記事の管理2010-03-12 (Fri)
ペイスケの進路が決まったんだ。
決まったのは昨日。
残念ながら、第1志望校へ行くことは適わなかった。

昨日の朝発表があってから、その足で第2志望校へ出向き、入学手続きを終え、昼食を済ませてから帰宅したのが午後1時過ぎ。

その日は帰ってからすぐと、夕方遅くに渡って2回ほど、しっかりペイスケと秋桜と3人で話をしたんだ。
ボクらもがっかりしたのは確かだし、それ以上にがっかりして悔しかったのはペイスケだおと分かってはいたんだ。
でも、この時に話をしなくて、いつ話すんだということで、この1年頑張ってきた受験勉強を振り返り、どこに第1志望校へいくなかった原因があるのか、自分なりにしっかり考えておくことを進めた。
原因が分からなくちゃ、先へ進めない。
そんな思いと、ボク自身の受験を思い出し、話は2時間以上に渡った。

そしてこれは面白いことなんだけど、第1志望校より入学の決まった第2志望校の方がレベルが高く、この学校はすべて大学受験を前提にプログラムが組まれていそうなことが思い当たったんだ。

その学校で勉強にしっかり取り組めば、おのずとペイスケ自身のレベルが上がる。
それに学校としての施設や環境もよさそう。
少し踏み込んで考えれば、よりよい高校生活が送れそうだと思って、そんな話もいっぱいしたな。

話の最後のほうではペイスケの目が生き返り、今日帰宅して話かけたら、もう切り替えが出来つつあったみたいで、やる気が出てきていた。

もう大学受験に向けての準備がはじまりつつある。
ボクとしても出来ることはなんでもしてあげたいけれど、それは環境的なこと。
ペイスケが頑張れる環境の整備に取り組みたいな。

そんなことで昨日はタンコロをかまってやれず、今日の学校生活は荒れてたみたい。

まあ、年に何回かはこういうこともあるよな。
* Category : ペイスケ
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個別記事の管理2010-03-09 (Tue)
いまだに覚えてるタンコロの入学式。
入学式と言う式典については、タンコロの意識の中には何もなかったと思う。
そしてそれは、今も変わっちゃいない。
だけど、この6年間で変わったのは、我慢を覚えたこと。
今考えると凄い事だと思う。
自閉症児って、何をやるにしても我慢を知らないことが多いからなんだけどね。
入学式もそうだった。
厳かに進む式典の中、主役だと言うのに入場もまっすぐに歩いてなんかいない。
椅子に座れば、少しもおとなしくなんてせず、すぐにどこかへ行こうとしていた。
そんなタンコロを、今にも飛び出しそうなボクを制して、見つめ、そして面倒を見てくれた先生がいた。
この先生が担任だったら・・・そんな考えは甘かった。
その方は先生に違いなかったけれど、介助の先生で、肝心の担任は2人もいたものの、微動だにせず。
良く言って少し若めの先生と定年間際の先生、それがタンコロの担任だった。
2人に共通してたのは、人の話を聞かなかったこと。
聞くことができないのが主担任であった年配の先生、聴こうとせず、時には父兄に暴言を吐く若い先生。
救いは介助の先生たちがよくしてくれたこと。
この介助の先生はタンコロが3年生になるまでいてくれたけれど、何度救われたと思ったことか。

タンコロは小学校に入ってから、環境になじめず、よく学校を脱走してた。
投げちゃいけないのに、些事を投げたようだった担任。
ようやくそれも6月頃には収まりつつあったけれど、それでも学校の中で脱走してた。
一頃、タンコロが脱走してたのは学校外だったんだ。
秋桜が必至になり、連絡を受けたボクも会社にいながら、心は学校へ飛んでいた。
あそこにいないか、そこにいないか。必至に電話で指示出してた。
担任も若い方が探してくれたものの、気がつけば必至さが見えなくなってた。

2年生になり、一人の担任が代わった。
若い先生から、もっと若い先生へ。
年寄りの先生は3年生まで変わらず、ガッカリしたものだったけれど、この若い女性先生がとにかく良かったんだ。
創作的だし、小まめに目が行き届き、それでいてしっかり傍にいて指示も具体的。
この先生がこれからも・・・と思った矢先、タンコロが3年生になったら、また変わっちゃった。
今度は男性の若い先生。
この頃、秋桜は新学年を迎えて、原因不明の腰痛から3ヶ月位入院してた。
会社にもいけず、子供たちの面倒を必至になって見て、学校にもよく顔を出してた。
そんなボクを、そしてタンコロをしっかり支えてくれたのが、この若い男性の先生だった。
とにかく真面目。そしてまっすぐな感じが強かったこの先生は、タンコロにバスケットボールをよく教えてくれた。
今でもバスケットが大好きなタンコロは、このときの影響を受け続けていると思うな。
特に運動面で優れていたこの先生は、運動会での手ほどきがよく、運動会では80M走を必至に伴走し、ゴール近くまで一生懸命走ってきたタンコロは、この先生と手をつなぎながら笑顔でゴールインしてたな。
先ほど書いた2年生のときの先生は、手先の起用さと小まめさが利いて、年1回の作品展ではタンコロの好きなウルトラマンをモチーフにして、創作的な作品をタンコロと一緒に作ってくれてたっけ。

この若い2人の先生と面倒見の良かった介助の先生がいなかったら・・・と考えるときがある。
特にタンコロが2年生までの校長が最悪だった。
学校側の態度が煮えきらず、説明もない状態だったので、学校側にクレームを何度も入れに行ってた。
特殊学級ではどんな子供たちがいて、どんな具合に事を運んでいるのか、どういう具合に接しているのか、それがボクには理解できなかった。
ボクら親からしてみれば先生たちは担任であろうと教頭であろうと、目の前に姿を現した先生がすべてであり、その頂点に立つのが校長あって、その背景にいる教育委員会などは眼中になかった。
担任たちに指示を出す、あるいは学校内部のある程度の人事は校長が指示をだすものだと思って、何回かクレームをつけた中には、担任だけじゃなく、教頭も校長も呼び出しておくことあった。
けれど、急に用事が・・・といって逃げたことが多かったけれど、一度だけ面と向かって、「お前、逃げるんじゃない。学校の責任者がなにやってんだ!」と一喝したことがあった。
これに校長は超え高々に「私も担当者の一人」と言い放った。
他の父兄もいた手前、ボクはその場では何も言わなかったけれど、その後「あれはないだろう。あんたの言葉には真実味がないし、校長としての自覚もなにもあったもんじゃないな」とキツク言ったことがあった。
その翌年、この校長は別の学校へ転任していったけれど、その転任先の学校で思わず鉢合わせになり、「オマエ、まだ校長やってんのか。いい加減なもんだな」と言った事があった。

しかし、タンコロは2年、3年と一人の良い若い担任と介助の先生に囲まれ、環境にも段々慣れていったこともあり、目が泳がなくなってたね。
目は正直だと思うよ。
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子供をみれば * by なおまま
その先生がどんな経歴とか立場と関係なく、
どれだけ子供に入り込めているのか・・・
わかりますよね。
親の前できれいごと並べていくら優等生を繕っても化けの皮はいとも簡単にはげてしまう。

子供には見抜かれてしまう。
だから親にも見抜かれる。
そんなことも分からないようなのがセンコーやってんじゃないよって。
あっ、すみませんつい言葉が・・・^^;

子供の目ってとくにあの子たちの目って
言葉で伝えられない分
力があるんですよね。

来年もその先もいい先生に巡り合えるといいですね。

なおままさん * by モンライダー
ありがとう。

確かに子供の目って、事の成り行きというかお、その模様を表していますね。
ことに言葉のうまくない自閉症の子は。

2年生と3年生の時の和解先生には恵まれたと思うんだ。
でも、この先生についての話はもう一段あるんだよ。

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個別記事の管理2010-03-03 (Wed)

仮面ライダーも今は何も分からないけれど、昭和の仮面ライダー、それも今から40年近く前のものにボクは熱中してた。
今でも好きなんだけど、その仮面ライダーを自分の子供と一緒に見て、遊ぶことができるなんて、思いもしなかった。
ペイスケも好きだったし、タンコロも熱中してる。
一時の熱は下がってきたけれど、それでも仮面ライダーやその怪人たちのフィギュアを相手に嬉々として遊んでるね。

ボクは好きなものって、普遍的なものもあると思ってるので、その好きなものに年齢は関係ないと思ってるから、その遊びからタンコロを離したりはしない。

昨年の夏、タンコロを仮面ライダーの映画に連れて行った。
映画を見終わっって、売店に寄ったら、初期仮面ライダーの敵組織・ショッカーの戦闘員のフィギュアを売ってるのを見つけて、タンコロに買ってあげたんだ。
タンコロはこのフィギュアを「ショッカー、ショッカー」と言って、喜んで遊んでたね。

ところが昨年末位から、このフィギュアを自宅マンションのベランダから、おふざけで投げてしまうことが目立ってきたんだ。
ボクの住むマンションは7階。
幸い下は、人があまり通らない駐車場なんだけど、それでも何かあったら・・・ということで、タンコロが投げる度に、怒ってるね。
でも、ゲンコ1発位じゃ効き目がないらしく、人目を盗んでいつの間にか投げてる。
今日も会社の帰り、マンションのフロントにこのフィギュアが届いていた。
また、投げたんだな・・・と思って、帰宅後、またもやゲンコ1発。
「ショッカーを投げるんじゃない!」

タンコロはボクと一緒の入浴を求めてたけど、今夜はお預け。

はあ、困ったもんだな。
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個別記事の管理2010-03-02 (Tue)
もう後3週間程でタンコロは卒業式を迎える。
小学校が終わっちゃうわけで、義務教育の3分の2が終わっちゃうわけだ。

3学期に入ってから、学校では卒業式に向けての準備をいろいろやってるらしいけど、なかなかボクには詳しく伝わってこない。
けれど、卒業式では6年間の思い出を卒業生全員で話す場面があるらしく、タンコロも健常児に混じって、修学旅行の一説を話すらしい。
事の他、飲み込みがいいらしく、先生の話ではタンコロの受け持った単語は、あっという間に覚えちゃって、今では余裕らしい(笑)

タンコロは今の小学校には、引越しと同時に入学したんだ。
自閉症と分かったのは幼稚園に入る前で、しかもボクの一言からだった。
幼稚園時代も苦労したけれど、学校の選択には事の他手を焼いた。
それまで住んでいた地域の小学校には見学や説明会に行ってたけど、その小学校の資料に目を通すうちにあることに気がついた。

ボクは金融関係の会社で、いわゆる債権回収・・・しかも法的債権回収を担当して切り盛りしていることから、ボクの仕事先は裁判所や役所を通して債務の弁済を延滞してる債務者だった。
そのボクの担当してる債務者の一人の名前が妙に引っかかった。
タンコロが通うはずの小学校の、しかも特殊学級の担任の一人、それが僕の担当してる債務者だった。
ということは、その債務者の裏も表も知っていて、だけどもそれは個人情報になるし、だから学校にはクレームを入れられなかった。

じゃあどうしたのか。
他の地域に引越しするという選択をしたんだ。
いろいろ探した。
そこには住まいの問題ももちろん、タンコロの行くべき学校の選択があったんだ。
ボクは学校優先で、住まいは二の次という立場をとって、少ない時間の中、今の学校を探り当てた。
これは当時、タンコロの通っていた自閉症の専門医の推薦から見つけた学校だったんだけど、その時は既に見学会という時期は終わっていた。
無理を学校と市に申し出て、やっとの思いで学校の施設だけは見学できた。

タンコロは確かに重度の自閉症だけれど、安易に養護学校にはやりたくなくて、地域や健常児との触れ合いに重点をおきたくて、地域の小学校の特別教室に通わせることにしたんだ。
この思いは、ボクだけじゃなく、秋桜も同じだったんだ。

その選択が正解だったのかどうかは、今よりもっと多くの時間がたたなければ分からないことなのかもしれない。
だけど、もって生まれたタンコロの周囲を明るくしていくもの、それは失われないどころか、成長していったことは確かなことで、そういう意味では正解じゃなかったのか、と思ってる。
タンコロは、どう思ってるのかな。
十分な会話が成立するんだったら、タンコロと時間をかけて話してみたいな。

でも、この小学校への入学、それは苦難の始まりとも言えたのかもしれない。
苦難と言えるほどのものじゃなかったかもしれないけれど、現実はボクらが想像して以上に深刻なものだった。

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個別記事の管理2010-03-01 (Mon)
タンコロは花粉症。
ここ数年、この時期になると涙目にはならないものの、鼻が良く出て、くしゃみ連発。
だからティッシュは手放せないな。

ここ2週間位、かわいそうな位、鼻水・くしゃみと格闘してる。
家にいても、学校に行っても、そして外出しても。
それでも、明るく笑顔が似合うタンコロには変わりがないよ。

ボクが変わってあげられるなら、変わってやりたいけれど、こればっかりは仕方がないね。
ボク自身は花粉症じゃないけれど、一時秋桜がひどい時期が合った。
タンコロも生まれつきの花粉症じゃないね。
ここ数年じゃないかな。

今日は一緒にお風呂に入って、いっぱい遊んで、いっぱい洗ってあげた。
身体ももちろん、鼻の穴まで(笑)
機嫌を良くしたタンコロは、それでもお風呂上りに鼻をかんでた。
でも、鼻が詰まって寝つきが悪くなってるいつもと比べたら、寝つきはよかったね。

今月一杯は仕方がないのかな。
花粉もいっぱい飛んでるみたいだし。

卒業まで、後3週間。
花粉なんかに負けずに、明るく楽しい学校生活を送って欲しいな。
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Unknown * by ナオママ
そんないきさつがあったんですね。

私は兄弟で同じ学校に通えたことは二人にとってきっと何か身になるものを得ていると思います。それに向けて頑張られたご家族にも。
うちは昨日も水筒の蓋がきちんと締められていなくてカバンが水浸しでした。支援学校にいってこんなフォローもしてもらえないのかって驚きました。うちの担任はすみませんの一言の前に必ず言い訳が先行します。来年は持ち上がらないことを願ってます。

Unknown * by モンライダー
ペイスケもタンコロも同じ学校に通えたのは、後になっていい思い出として残ってくれると思いますよ。
ただ、もう少し時間はかかるでしょうけど。

卒業に向けて・・・というタイトルで書くのはあといくつかありますが、それにしても支援学校に現状と言うのは、ひどいということはよく耳にします。
だからと言って、地域の学校にいくのはもう限度だなと思うところもあり、来月以降はどうなるのかな、という不安はやっぱりありますよ。

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