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個別記事の管理2011-03-23 (Wed)
気がついたら、明日はペイスケもタンコロも終業式を迎えるんだ。

今にして思うと早かったと思うけれど、それも東北大震災以降はあっという間だった。

まさか、こんな状況で終業式を迎えるとは夢にも思わなかったよ。

ペイスケは3学期の期末試験が終わった週の週末に大震災にあったものの、その後試験休みにはいったので、数日しか学校に行ってない。

タンコロは、大震災直後、大震災の影響で買いだめ騒動が起こった時、道路が渋滞し過ぎて送迎バスが走れず、数日休みになっただけで、その後は学校に行くことが出来た。

学校はタンコロの楽しみでもあったからね、行けてよかったと思うんだけど、その学校も明日が修行式。

タンコロが中等部から特別支援学校に行くことになって、1年が経とうとしてる。

新設校ということもあって、たどたどしいスタートだったし、学校側の対応もどこか森の中を走ろうとしてるような感じで、なんだか頼りないなあ、というものだった。

けれど、担任の先生自体はとにかく対応がよく、よく気が付く先生だったと思うんだ。

タンコロは、明日が終業式という認識があんまりなかったみたいで、「来週も学校!」とか言ってた。

だから今夜は一緒に入浴したとき、「明日で、学校はお終い。中学1年ももう終わるんだよ」
と一生懸命教えたんだよ。

「明日、お終い。来月、また、学校」

そんなことが言えるようになった。

担任の先生は2年正になると変わっちゃうので、タンコロにはもう一つ、

「明日、学校に行ったら先生に、1年間ありがとう、と言うんだよ」
と教えたんだ。

反復練習までして教えた甲斐があってか「先生、1年間、ありがとう」と言えるようになったんだ。

さて、明日はどんな感じで終業式を迎えるんだろうな。
* Category : タンコロ
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ありがとう * by ナオママ
タンコロくんは人が生きて行く中で一番大事な言葉を覚えたんですね^^素敵です。
いろんなことがあった一年、タンコロ君もペイスケ君もお疲れさま。

ナオの学校は計画停電にかかると休みです。新学期も午前のみだったり。平日休みだったり・・・
こんな状態では春休み明けはきっとマックス不安定な予感です。今日、明日も休みで土曜日に修了式です。しかし、計画停電は前日に中止が決まったりで・・・この先どうなることやら・・・です。

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個別記事の管理2011-03-21 (Mon)
大震災から10日経った。

落ち着こうにも計画停電や買いだめの問題、TVをつければ震災の被害状況が流れていて、落ち着かないよ。

仕方のないことだし、少しでも前を向こうとしてるけど、知らぬ間にストレスがたまってるみたいだね。

計画停電騒ぎは、電力供給がうまくいってないんだから仕方のないことだと、頭のどっかでは分かってるんだけど、なんで時間制なんだろうとか、この地域割りはなんで?とか、すぐ思っちゃう。
生活にも仕事にも大きな影を落としてるし、出口の見えないトンネルに入り込んだのと同じで、知らぬ間にストレスになっちゃうんだろうな。

それより、嫌だったのは買いだめの問題。
生活物資の不足ではないんだけど、危機感を勘違いしてそういう方へ走っちゃう人が、こんなにも多いとは・・・

最近まで心配だったのは、米が底を尽きかけてたことだったんだ。
車のガソリンもあとわずかなんだけど、それは車で出かけなければ問題のないことだったから、米の方に関心のほとんどが行っちゃってた。

スーパーを覗いても、米屋さんに行っても、米がない。
子供たちの学校は、先週の木曜日から始まったけど、給食業者が計画停電の煽りを受けて給食が供給できず、弁当持参で学校に行くことになったから、余計に心配だった。

今週も水曜日までは弁当を持たせなければならなかったし、その弁当を中心に米を使おうとして、スーパーでは米以外の食品を調達してた。
ところが保存の効く乾麺がやっぱりない。
仕方がないので、冷凍食品で凌ごうとしてたけど、子供達には可哀想な気もしてた。
「こんな時だから、我慢してな」と言ってたけど、不思議な顔してたね。

そんな中、ネットで北陸の業者に米を注文してたけど、やっと注文受注の連絡がきたメールの中には、注文が大量で煩雑化し、到着不明というものだったので、いつまで米無でやっていけるか心配だったんだ。

それが今朝、急に宅急便が届き、待ちに待ってた米が到着。
これでしばらくは凌げるなあ、と思ったら、ちょっぴりホッとしてたよ。

そんな中、事態を呑み込めていないタンコロは、どこにも行けない中、家の中で意外なほど、笑顔で遊んでいてくれてた。
偏食家でもあるし、最も心配してたのがこのタンコロだったわけだから、その笑顔がまぶしかったよ。
乾麺の蕎麦もうどんも、タンコロは基本的に好きなんだけど、それをうまく食べられるようにスープを工夫して食べさせてた。

タンコロはタンコロなりにストレスもあるんだろうけど、なんとかやってくれてるその笑顔がよかったね。
この混乱した状況が何時まで・・・というのは誰にも分からないと思うけれど、少なくともそこをやりくりしてくのがボクら親の役目でもあるし、そこにタンコロの笑顔があれば、なんでもできそうな気がするよ。
* Category : タンコロ
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そうですね * by ナオママ
確かに、仕方ないってわかっているけどやっぱり普段と違うって誰にもストレスになりますよね。

節電や計画停電も慣れれば案外なんてことないけど、些細な問題が多々あります。

でもタンコロくんが笑顔でいるって本当に安心、癒されますね。
私もナオの寝顔をみてホッとする今日この頃です。
買い占めも少しずつ落ちついてきたのですが、まだ人々に余裕がなくピリピリした感じがあります。

計画停電もうちの地域は実施率が高いです。
少しでもナオが落ちついて過ごせるよう・・・

そして一日でも早く復興できるように。

ナオママさん * by モンライダー
節電はまだしも、計画停電とは名ばかりの無計画停電は、生活にも仕事にも大きな影を落とすんで、結構なストレスになってるよ。

けど、そんな中、笑顔を見せてくれるタンコロはかけがえのない存在だよ。
欠くことが出来ないりっぱな家族の一員になってるね。

毎晩、タンコロの笑顔を見て、そして寝顔を見てから眠りにつく、そんな日常になってるね。
きっと、ナオくんも同じなんだろうね。

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個別記事の管理2011-03-13 (Sun)
昨日起こった地震は、まさしく大地震だった。

午後2時45分頃、地震が起こったころ、ボクは会社の外にいて、今まさに会社のあるビルの玄関に入ろうとしてたんだ。
グラグラグラ・・・何が起こったんだ?と思ったボクの目の前にあった会社のビルの入口にあった玄関の大枠が、大きな音を立てて軋んでいた。

地震だ・・・

何分位揺れてたんだろう。
スゴイ長い時間揺れてるようにも感じた。

地震が一旦おさまってから、会社のあるフロアに入ってみると、社員たちはパニック状態。
女子社員などは、泣きながらすがりついてきた者もいたよ。

ビルの安全点検ということで、社員全員、一旦ビルを出て待機してた。
その間も余震がひどかったね。

フロアに戻ってみると、ビルの壁面に亀裂が何か所も。

ネットで情報を見てみたら、スゴイ状況になってることを知って、JRは動かず、こりゃあ帰れそうにもないなと思ったけど、予想通り会社泊りとなってしまった。

イスと机だけの会社に泊まるということは、相当なストレスがかかるということ。
持病のあるボクにとっては、時間が経つにつれ、心身的な辛さが増してきた。

家族と連絡がとれない、そんなもどかしさも心身的な辛さに拍車をかけていたのかもしれないな。

夜になって7時頃、そして10時過ぎ、ようやく連絡が取れて、家族の無事は確認できた。
けれど、自宅の辺りは停電・断水状態で、困り果ててるということだったけれど、懐中電灯の明かりの確保とミネラルウォーターのペットボトルを出しておくよう指示しておいた。

JR以外の電車は走り始めたけれど、自宅の最寄りの駅まではたどり着けない。

朝早く会社を出て、迂回路を使ったけど、途中からタクシーになった。

2時間ほどで自宅に到着。
玄関を開けると、タンコロが出迎えてくれた。
「お帰り」
何よりの言葉だったよ。

親も、福島に住む知人・友人もともかく無事だったことを知って、なお安心した。

昨夜、殆ど眠れなかったためか、ソファに座るなり、昼過ぎまで眠った。
それで、ともかくある程度は体調が戻ったようだけれど、今晩じっくり休まなければしっかりは戻らないだろう。
だけど、じっくり今晩休めるかどうか。

阪神大震災も体験したけれど、その時知人・友人は関西にいなかったこともあったし、インパクトは今回の方が圧倒的に強い。

一刻も早く、事態が収拾して欲しいな。
時間が必要だろうけどね。
* Category : タンコロ
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怖かった * by ナオママ
東京でこれだけの揺れだったけど
東北はもっとすごかったと思うと・・・怖くて
阪神の時よりも揺れの時間が長かったような気がします。
震源からこんなに離れた場でも被災のしてしまうなんて、今回の地震の大きさに唖然です。
どんなに備えをしていてもパニックになってしまいますね。幸い自宅は耐震グッズをつけていたので大丈夫でした。ガスが一時停止しただけで不安でした。
改めて『生かされている』って思いました。

ナオママさん * by モンライダー
すごい揺れだったね。
余震も凄いけど、福島に住む知人・友人が心配。
殆ど無事と連絡は取れたけど、首都圏でこんなに混乱してるのなら、被災地の実態は推し量れそうにもない位、とんでもないものだろう、と思うよ。
水道から水は出ても、黒い水だったりしてるし、原発事故も電力そのものは首都圏供給だけど、放射線漏れは現地の大問題だしね。

生かされてる・・・本当にそうなのかもしれないよ。
偶然の産物かもしれないこの生きてるという事実は、今後にいかに生かすかということになるんだろうね。

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個別記事の管理2011-03-07 (Mon)
タンコロの学校では、先月位から餃子を作ることが多くなったみたい。
交換ノートを読んだり、秋桜の話を聞いてると、よく餃子作りの話を聞かされたりしてる。

もちろん、餃子だからニラを初めとした野菜も微塵切りになって入ってるし、その野菜とひき肉の練り合せが具になるんだから、一種の粘土遊びみたいなところがあるな、と思ってたんだ。

けど、食べることが好きな子供たち。
野菜の微塵切りも先生に手伝ってもらって・・・それが回数を重ねるうちに上手になっていったらしく、タンコロはそのニラの微塵切りの担当だったみたい。

みんなで、野菜を準備し、微塵切りにして具材を調味料と一緒に混ぜ合わせ、そしてみんなで皮に包む。

これは一種の手作業、工作の部類に入ることだし、集中力だって身につくよ。

出来上がった餃子を・・・というところだけれど、タンコロは大いなる偏食家。
特に野菜や果物を全く食べないんだよ。
最初は先生に勧められ、おっかなビックリ、みんながうまそうに食べてるのが目に入っていたのか、一つの餃子を少しずつ食べた。

それが徐々に食べられるようになり、1つが2つに、そして4つ。
先月の下旬には、一人前分である6個の餃子を間食したということだった。

そこで企画されたのが、通常の給食を食べず、自分たちが作った餃子でその日の昼食に充てようということ。

それが今日だったんだ。

作ってる様子は分からないけれど、今日、ご飯と一緒に食べた餃子は10個。
その上、中華スープの飲んだし、なんと杏仁豆腐まで食べたらしい。

あの偏食家、特に野菜などどうやっても食べなかったタンコロが、餃子を食べるなんて・・・

まあ、ボクの作った餃子も、先月上旬の時点で既に食べられるようになってたけど。
こんなに思い切り食べるとは、喜ばしいことだし、作ることも食べることも今後に役立ちそうだから、期待しちゃうよ。
* Category : タンコロ
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すごい * by ナオママ
私たちからしたら『おいしいのに何で?1口たべてみな』って思うんですがなかなかその1口にたどり着くのが大変なんですよね^^;

でも餃子10個って!完全に『好きなモノ』の枠ですよね。

癖のある杏仁まで。
うちはゼリーはプリン系の触感が全く×ですね。

自分で作ると美味しく感じますよね。
いつか作ってもらいたいですよね♪

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