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個別記事の管理2007-01-17 (Wed)
あれから、12年が経った。
そう、阪神大震災
忘れたい。でも忘れちゃいけない。
どうも、毎年1月17日になると、自然に思い出しちゃうね。

まだ、結婚して1年も経ってなかった。
結婚とほぼ同時に、会社で異動の辞令がでて、大阪に赴任することになった。
結局、大阪で結婚式を挙げ、半年後にペイスケが生まれた。
秋桜は産後のひだちがよくなくて、大阪の住まいに戻ってきたのは、阪神大震災の前年11月だった。

まだ結婚生活にも慣れず、秋桜は親元を離れて始めての生活。そして生まれたばかりのペイスケを抱え、ボクは四苦八苦してた。
大阪に住んで、安心してたこと。それは関西は地震が少ないことだった。
思い込みだったかもしれない。

ボクは生まれてこの方、大体15年周期で大地震に会っていた。
新潟地震、宮城県沖地震等々。
東京に出てからも、中規模の地震にあったりしていて、関西はそういう意味では、望んでた土地だったかもしれない。

それが正月も終わり、最初の3連休も終えて、次の火曜日早朝にそいつは突然やってきた。

1月17日早朝、ボクはトイレに起き、まだ少し眠れるかな・・・と思いつつ布団に足を突っ込んだ時に、そいつはやってきた。

当時、平日は秋桜とペイスケは一緒の部屋だったけれど、ボクは別の部屋に寝ていた。
揺れが始まったときは???という状態だったけれど、すぐ秋桜とペイスケのところに飛んでいったのは覚えてる。
地震が収まってからはしばらく停電だった。
電気が通り次第、情報が欲しくてすぐTVをつけた。
そこに写し出されたのは、まさしく地獄模様だった・・・

あの頃に比べれば便利な世の中にはなった。
なりはしたが、災害時はどうなるんだろう、と思うと何にもできないような気がしてる。
災害に向けての備えは自宅ではしてあるけれど、平日の昼間は家族バラバラなんだ。
今、流行の携帯電話だって役に立ちはしない。

地震が起こったとき、どうするかについては、時間をみて家族で話し合ってはいるが・・・心配なのはタンコロ。
タンコロ自身、なにが起こったのか理解できないだろうから、誰か救助しなくてはいけないし。
常に誰かと行動してる必要があるんだと思う。通学下校時が問題なんだけど。

いろんな教訓があるはず。
それを生かすためにも、また新たな教訓を得るためにも、阪神大震災は忘れちゃいけない。
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* by candy
> あの頃に比べれば便利な世の中にはなった。
> なりはしたが、災害時はどうなるんだろう、と思うと何にもできないような気がしてる。

読んでドキッとしました。
確かに・・・。
あの日の恐怖を忘れることはできませんが、じゃあそこから何を教訓にして、どういう努力をしているかといえば、何も出来ていないような気がします。
それではいけませんね。

あの時私は妊娠9ヶ月で、自分のことと赤ちゃんのことしか頭にありませんでした。
妊娠9ヶ月の身で、どーん!という大音響とともにベッドから体が浮いた時の恐ろしさ。
この子をちゃんと産めるんだろうか?という不安。
我が家から産院へ行く道がつぶれたと聞きましたし、実家へ帰って産むにしたって新幹線も高速道路も使えないのにどうしたらいい?って。
周りを見る余裕ができたのはずっとずっと後・・・。
TVで見て愕然としました。

1月17日は、今普通に暮らせることのありがたみをひしひしと感じ、改めて気を引き締める日です。

candyさん * by モンパパ
12年前のあの日のことは、忘れられませんね。
candyさんは妊娠9ヶ月というスゴイ時期に、遭遇しちゃったんですね。
ウチはペイスケが生まれて4ヶ月でした。

ボクは当時仕事上、関西の各方面に出向くことが多かったですけど、神戸方面については言葉にできませんでした。

3年前にも新潟中越地震がありましたけど、関東東海方面は何年も前から大地震について言われてます。
個人でできることには限りがありますが、それにしても備えはしっかりしておきたいと思います。
まだまだですが・・・

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