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個別記事の管理2010-03-09 (Tue)
いまだに覚えてるタンコロの入学式。
入学式と言う式典については、タンコロの意識の中には何もなかったと思う。
そしてそれは、今も変わっちゃいない。
だけど、この6年間で変わったのは、我慢を覚えたこと。
今考えると凄い事だと思う。
自閉症児って、何をやるにしても我慢を知らないことが多いからなんだけどね。
入学式もそうだった。
厳かに進む式典の中、主役だと言うのに入場もまっすぐに歩いてなんかいない。
椅子に座れば、少しもおとなしくなんてせず、すぐにどこかへ行こうとしていた。
そんなタンコロを、今にも飛び出しそうなボクを制して、見つめ、そして面倒を見てくれた先生がいた。
この先生が担任だったら・・・そんな考えは甘かった。
その方は先生に違いなかったけれど、介助の先生で、肝心の担任は2人もいたものの、微動だにせず。
良く言って少し若めの先生と定年間際の先生、それがタンコロの担任だった。
2人に共通してたのは、人の話を聞かなかったこと。
聞くことができないのが主担任であった年配の先生、聴こうとせず、時には父兄に暴言を吐く若い先生。
救いは介助の先生たちがよくしてくれたこと。
この介助の先生はタンコロが3年生になるまでいてくれたけれど、何度救われたと思ったことか。

タンコロは小学校に入ってから、環境になじめず、よく学校を脱走してた。
投げちゃいけないのに、些事を投げたようだった担任。
ようやくそれも6月頃には収まりつつあったけれど、それでも学校の中で脱走してた。
一頃、タンコロが脱走してたのは学校外だったんだ。
秋桜が必至になり、連絡を受けたボクも会社にいながら、心は学校へ飛んでいた。
あそこにいないか、そこにいないか。必至に電話で指示出してた。
担任も若い方が探してくれたものの、気がつけば必至さが見えなくなってた。

2年生になり、一人の担任が代わった。
若い先生から、もっと若い先生へ。
年寄りの先生は3年生まで変わらず、ガッカリしたものだったけれど、この若い女性先生がとにかく良かったんだ。
創作的だし、小まめに目が行き届き、それでいてしっかり傍にいて指示も具体的。
この先生がこれからも・・・と思った矢先、タンコロが3年生になったら、また変わっちゃった。
今度は男性の若い先生。
この頃、秋桜は新学年を迎えて、原因不明の腰痛から3ヶ月位入院してた。
会社にもいけず、子供たちの面倒を必至になって見て、学校にもよく顔を出してた。
そんなボクを、そしてタンコロをしっかり支えてくれたのが、この若い男性の先生だった。
とにかく真面目。そしてまっすぐな感じが強かったこの先生は、タンコロにバスケットボールをよく教えてくれた。
今でもバスケットが大好きなタンコロは、このときの影響を受け続けていると思うな。
特に運動面で優れていたこの先生は、運動会での手ほどきがよく、運動会では80M走を必至に伴走し、ゴール近くまで一生懸命走ってきたタンコロは、この先生と手をつなぎながら笑顔でゴールインしてたな。
先ほど書いた2年生のときの先生は、手先の起用さと小まめさが利いて、年1回の作品展ではタンコロの好きなウルトラマンをモチーフにして、創作的な作品をタンコロと一緒に作ってくれてたっけ。

この若い2人の先生と面倒見の良かった介助の先生がいなかったら・・・と考えるときがある。
特にタンコロが2年生までの校長が最悪だった。
学校側の態度が煮えきらず、説明もない状態だったので、学校側にクレームを何度も入れに行ってた。
特殊学級ではどんな子供たちがいて、どんな具合に事を運んでいるのか、どういう具合に接しているのか、それがボクには理解できなかった。
ボクら親からしてみれば先生たちは担任であろうと教頭であろうと、目の前に姿を現した先生がすべてであり、その頂点に立つのが校長あって、その背景にいる教育委員会などは眼中になかった。
担任たちに指示を出す、あるいは学校内部のある程度の人事は校長が指示をだすものだと思って、何回かクレームをつけた中には、担任だけじゃなく、教頭も校長も呼び出しておくことあった。
けれど、急に用事が・・・といって逃げたことが多かったけれど、一度だけ面と向かって、「お前、逃げるんじゃない。学校の責任者がなにやってんだ!」と一喝したことがあった。
これに校長は超え高々に「私も担当者の一人」と言い放った。
他の父兄もいた手前、ボクはその場では何も言わなかったけれど、その後「あれはないだろう。あんたの言葉には真実味がないし、校長としての自覚もなにもあったもんじゃないな」とキツク言ったことがあった。
その翌年、この校長は別の学校へ転任していったけれど、その転任先の学校で思わず鉢合わせになり、「オマエ、まだ校長やってんのか。いい加減なもんだな」と言った事があった。

しかし、タンコロは2年、3年と一人の良い若い担任と介助の先生に囲まれ、環境にも段々慣れていったこともあり、目が泳がなくなってたね。
目は正直だと思うよ。
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* Category : タンコロ
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子供をみれば * by なおまま
その先生がどんな経歴とか立場と関係なく、
どれだけ子供に入り込めているのか・・・
わかりますよね。
親の前できれいごと並べていくら優等生を繕っても化けの皮はいとも簡単にはげてしまう。

子供には見抜かれてしまう。
だから親にも見抜かれる。
そんなことも分からないようなのがセンコーやってんじゃないよって。
あっ、すみませんつい言葉が・・・^^;

子供の目ってとくにあの子たちの目って
言葉で伝えられない分
力があるんですよね。

来年もその先もいい先生に巡り合えるといいですね。

なおままさん * by モンライダー
ありがとう。

確かに子供の目って、事の成り行きというかお、その模様を表していますね。
ことに言葉のうまくない自閉症の子は。

2年生と3年生の時の和解先生には恵まれたと思うんだ。
でも、この先生についての話はもう一段あるんだよ。

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