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個別記事の管理2016-03-12 (Sat)

5年前の昨日、東日本大震災が起こってしまった。
日中に起こってしまった大震災のため、震災直後帰宅どころか連絡もとれず、タンコロはどうしたのか、家蔵はどうしたのかで、物凄く不安になっていた。
ボクの帰宅は翌日。
やっと動いた電車を乗り継ぎ、途中からタクシーで帰宅したときはもう昼直前だった。
タンコロの顔を見た時、思い切りホッとしたけれど、本当の苦労はその直後からやってきたんだ。

あの震災から5年目の昨日。
中等部から6年もの間通い続けた特別支援学校の高等部の卒業式を迎えた。
当初、ボクは会社を休む予定もなかったし、休めない位忙しかったけれど、その忙しさから来た疲労とたまったストレスから身体が言うことを効かない状態となって、急遽休暇を取った。
けれど、こうなったらタンコロの節目の卒業式だけは行こうと思い、タンコロの学校に向かったよ。

1組の出席番号1番のタンコロは、卒業証書の授与も井野一番で、名前を呼ばれたときの返事も立派、卒業証書を校長からもらう時の態度も立派、退場するときも胸を張って立派だったよ。

ここまで来たんだ・・・という想いが当然のように頭の中に浮かんできた。
小学校こそ地域の小学校に行かせたけど、これで思ったのが障碍児の教育は地域の小学校ではできないんだということ。
言うことは立派なのかもしれないけれど、問題のある教師の多かったことには驚かされた。
学校長からして問題あるし、教育委員会まで乗り込んでいったこともあった。
障碍を持たない子供についても、しっかり指導できない教師が多いのだから、当然なのかもしれないけれど、そんなことは現場に入って見なければ分からない。
教育、指導にしても大人の行う仕事についてもそうなんだけど、資料上の数字だけ見て現場を知ったような気になるのはかなり危険を伴う。
それが分かっていない社会が怖い。

で、タンコロの場合は中学入学と同時に特別支援学校に行かせることにしたんだ。
それが正解だったかどうかはすぐには分らないけれど、少なくとも地域の小学校に行かせる時と状況はかなり違うな。
極端に言えば、教師で悩むことが極端に減ったんだよ。
教育指導方法も、就労に向けてのこともそうなんだけど、障碍児に向けてのものが明確だった。
ボクの住む県が、まだ障碍者理解が進んでないこと自体は大きな問題だけど。

卒業は一つの区切り。
これから就労支援という方向に進むことになったタンコロが、どう変化し成長していくのか。
震災から5年という月日は、障碍という障壁が明確になってきてしまったということと同時に、目に見えた成長ももたらしてくれた。
今後も無駄にはできない時がまっているけれど、しっかりタンコロのことは受け止めて支えていきたいよ。









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* Category : タンコロ
* Comment : (3) * Trackback : (0) |

節目 * by ひーちゃん
タンコロ君、ご卒業おめでとうございます!

ここまでの想いが溢れる卒業式だったことと思います。
これからも、大変なことはあると思いますが、
ご両親の胸いっぱいの愛を受けて育ったタンコロ君は
きっと、周りの人を笑顔にしてくれることでしょう。
ぽてちんさんも、ちょっと、一区切りの節目の卒業式ですねhttp://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0150.gif">

コメント、ありがとう! * by モンライダー
ひーちゃん、ありがとね。

いろん苦労は、親として背負ったもの、タンコロ本人が無意識にそうなってしまったものがあります。
けれど、それが今後に生かされればいいんですよ。
タンコロの長所は、みんなを笑顔にしてくれる態度と気配りにあるのですから、それが今後生かせれば・・・と思っています。

Unknown * by tony
私の甥も、来年から特別支援学校に、進みます。彼は、私の太陽です。

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